オレンジジュース

好きなものは好きって言いなよ

なぁ、友よ


すばるくんのアルバムを聴いて

亮ちゃんのアルバムも買って

関ジャニ∞をテレビで見て


『勝手な判断をした』二人も
関ジャニ∞を頑張る』五人も
どうしても好きなんだよ。





好きだから怒ったり悲しんだりするけど
ぐるぐる回って
結局はまた好きに戻ってくる

関ジャニ∞を恋愛対象として見てはいないけど
恋愛と同じだと思ったんだよ。

それが、愛だと、思ったんだよ。

あなたのうた

すばるくんの履歴書みたいなアルバムだね
これから歌の世界で生きたいから
どうか少しでも聴いてみてくれませんか?
そんな、アルバムだね。



渋谷すばる 1stアルバム『二歳』リリース
おめでとうございます!

聴けるかわからなかったよ
だけどすばるくんが届けてくれたからちゃんと聴いた。


青い音と詞が並んでた。
綺麗じゃなかった。
ただただ、詩を歌うことが好きだって叫んでるだけだった。

世の中に溢れてる、
ラブソングだとか応援歌だとか
世界を変えてやろうだとか
そんな、外へのメッセージ性なんて一ミリも持たない、すばるくんの部屋の中みたいだった。




今までの思い出とか宝物とか
大人のも子供のもあるおもちゃとかが
たくさんある部屋の中で、書いた履歴書。

僕はこんな人です。
こんなものが好きで、こんなことを考えてます。
今までとは違うことをやりたいと思いました。
最近は旅行に行きました。
その時に感じたことはこんなことです。
パクチーのどこが旨いねん?!
電車に揺られながら見た景色が忘れられません。
何にもなかったのに。
あと、大切な友達もいます。6人ほど。
そいつらとの思い出もたくさんあります。
こんな僕ですが、どうか、
歌の世界で生きさせてください。


せつないほど6人への想いとファンへの想いが詰まってて、逆に悲しくなったよ。
そんなに頭下げなくていいんだよ、すばるくんの人生なんだから。
聴きながらそんなことを思うほど。

でもすばるくんらしいなと感じました。



なんというか、お世辞にもお洒落な曲ばかりではなかったな。
下北沢のちっさいライブハウスで演奏されてるような。
今まで色んなジャンルの歌を歌いこなしてきて、
そこへ落ち着くんだ、って。
きっとそれが、すばるくんの根元。
ヒロトさんへの憧れを隠さない少年でしかない。

だけどクセになるやつ。
気づいたら「何にもない何にもない何にもないな」って口ずさんでるんだもん。やばい。
すばるくんの魅力そのもの。
飾らない。
とりつくらない。
ありのままのすばるくんを表したかのような曲ばっかり。


私はパンクが好きなので、好みのサインドです。
ワレワレハニンゲンダとかベルトコンベアーとかの、ちょっと重たいのがストライク!
そんなアルバムなのにホールツアーでいいの?!
その場に突っ立って聴くとか無理なんですけど?!って感じっす!笑
ライブハウスでガンガンに躍りながら聴きたいよ私は。
フェスでもいいね、出てくるだろうなって思う。

ブルース味もいいね
すばるくんブルース似合うもんね。
ブルースハープと、ピアノが印象的だなと思いました。
あともっとベースがゴリゴリだとドストライクなんだけどな~はは!

歌詞には友達のことも書かれてるね
まるごとは一曲だけど、所々に、これは彼のことかな、これは彼だな、って感じるところがありました。
そりゃそうだよね。
21年も一緒にいて、出てこないわけない。
家族より過ごした時間が長いんだもん。
アルバムも一人一人に送ってるんだろうなとか勝手に考えて嬉しくなったよ。



『二歳』だから、自己紹介のアルバムだけど、
いつかのタイミングで、恐ろしい程に化ける時がくる。
それまで自分の手の届く範囲を歌にしてきたのに、
急に心を強くわしづかみにして離さない、広くて深い歌詞を書くときがくる。
それを丸くなったとか事務所の圧力とか言われることもあるだろうけど。
なんせ彼は渋谷すばるだからな。
人生の核になるような詞を私に届けてくれる日がくるんだ。


なんたって、すばるくんは関ジャニ∞の中で私のリア恋枠だったんだから!


これから始まるツアー、最後まで無事に終わりますように。
心から願ってます。

錦戸亮ブランド

裏では最低で最弱な時もあります。
でもそれも含めて最高で最強なんだと思います。

ファンが求めてない関ジャニ∞の時もあるだろうけど、僕らは関ジャニ∞の未来を作ってる。





どう考えても彼らは大人だった。
泣いて、わめいて、行かないでってすがりついて、そこ気持ちが届いても、応えることはない。
楽曲でもインタビューや日々のメッセージでも、彼らは振り返ることをあまりしなかった。
すばるくんを送り出す時のジャニ勉で「振り返るなんて初めてちゃう?」なんて言ってたように、きっと個々やメンバー内心の中では常に過去と向き合って、今からこの先を捉え考えてのインプット、そしてアウトプットを繰り返して昨日まできたんだろうけど。



まだまだ時間としては短いファン歴で、彼らの初期や下積み時代を一緒に未来を目指して歩いてきた援軍ではないから、私は錦戸亮という人のほんのほんのほんの一面しか知らない。
天性のアイドル性、先天的であり努力の賜物の音楽性、鍛えられた俳優としての姿、恵まれた環境、どれもわりと完成されてからの彼しか知らない。
それでも関ジャニ∞そして錦戸亮という人は、ありのままの姿をファンに見せてくれたグループであり人だと思う。
だから知った気になってる。
比べられるほど知っているグループはないけど、
そんな気がする。





あの時の涙も
すばるくんに送ったメールも
ファンより前に進んでいたいと言いきった視線も
名古屋笑えと煽った姿も
eighterと叫んだ声も
全部嘘なんかじゃない。1ミリも嘘なんてない。


嘘が上手じゃないし、照れちゃうし、そんで噛み付いちゃうから。そのくせクソ真面目で。
どこか一匹狼を装ってはいるけれど実はメンバーが大好きで、7人の関ジャニ∞が大好きで、
ステージに立つことが好きで、eighterのことも大切に思ってくれてる。
不器用な伝え方しかできないから、
それと同時に自分の中の美学を曲げることができない頑固なとこあるから、
全部含めて、嘘つけないんだ。きっと。
素直になったら泣いちゃうから。だけど涙は見せたくない。見栄っ張りだから。

こんな終り方にしたのも、わかる気がする。
自らブランドを守り、メンバーもそれを受け入れたんだろう。

こちら側にはモヤモヤが残る結果になろうとも、自分のスタイルを崩さない錦戸亮ブランドに拍手してる。




これは全部自分の憶測。
どこにも書いてない。誰も言ってない。

伝えられたのは、もう亮ちゃんは関ジャニ∞からいなくなること、ジャニーズ事務所のタレントではなくなること、関ジャニ∞は5人で進んでいくこと、47都道府県ツアーやること、大倉君はやめないこと、解散も考えたこと、だけど関ジャニ∞関ジャニ∞を続けることを頑張るってこと、
それだけ。

それ以外は全部憶測。メディアも雑誌も。
俳優やっていくんじゃないかって、みんなそう思ってるよ。だけど亮ちゃんは「自分なりのエンターテイメントを届ける」と伝えた。だから確定なんかじゃない。すばるくんの音楽やりますみたいに言ってない。



eightもeighterも学んだのは、永遠なんてないこと。
キラッキラな夢を見させてくれる彼らだから、eightもeighterも錯覚して信じこむ。関ジャニ∞はずっといるって。違うんだよね、信じたいだけ。ここにいてほしいだけ。




all you need is laugh
亮ちゃんが作ってくれた言葉が関ジャニ∞の中には残ってるから。
すばるくんは鮮血、亮ちゃんは光。内くんはハート。
関ジャニズムからは無くならないってことを十五祭で証明してくれたのは紛れもなく彼ら6人でした。
8人の姿をもう2度と見れなくても。
形に残らないものの方が記憶に残るって君は言ったね。

15歳。高校受験。これからの未来を自分で選んでつかみとらなきゃいけない。
どんな形になろうと、私は亮ちゃんを忘れない。






こんなことをなぜか冷静に考えてしまってる私も、悲しいほどに大人だ。
違う。私はもっと泣きたいしわめきたい、行かないでって泣きたい。手を伸ばしたい。
でもしない。
時は戻らないし覆らない。
ただ1歩進むしかない。
命には終わりがあって、直面したメンバーもいるなか、自身の人生を完成させるのは自分だと苦しいくらいに感じただろうし、私のみてきた錦戸亮なら、きっと誰かを傷つけてでも自分の人生を選ぶ。その気持ちもわかる。

だけど、私はこれから先5人の関ジャニ∞が見せてくれるキラキラなステージに向かって、子供にかえったみたいにただ関ジャニ∞に溺れて手を振りたいんです。
素直に嬉しかった。やめないでくれること、ツアーやってくれること。
彼らが選んで進む道だから、ついていく。
休まないって決めたのは彼ら。
だから私は私を決める。
すばるくん亮ちゃんの面影を感じて悲しく切なくなるってわかってるけれど。去年嫌というほど感じ経験したけど。
せめて、せめて、「大人」というフィールドでだけは対等でいたいと願う私は本当に馬鹿なんだと思う。でもそれでいい。
こんなに割りきってしまえる私はあきれるほどに馬鹿だ。ありえない。おかしい。
亮ちゃん、お前アホやなって笑ってよ。それでええよって笑ってよ。





最低で最弱な関ジャニ∞も愛してる。

RADWIMPS anti anti generation tour 2019


RADWIMPS anti anti generation tour 2019 長野公演に行ってきました。
地元でラッド見るときがくるなんてな。

7、8年ぶりでした。
前回はSSAのスタンド上の方だったけど、今回はアリーナセンステ3列目くらいに場所とれて、みんなが人間サイズで見えたよ!
最新曲も、よく聴いてた頃の曲もセトリに含まれてて嬉しかった。


フラッシュバック現象は嗅覚で強く引き出されるけれど、音楽もそうで。
なんだか不思議な空間だった。

あの時は大学生で軽音部だし、若さも真盛りで音楽に浸っていたな。
東京の電車に揺られながらイヤホンしてiPodくるくるして、ライブあるから曲覚えなきゃと謎の使命感でひたすら曲聴いてた頃だ。
これいいよと薦められたバンドのアルバムを借りてきて容量を増やした。
若さがあった。なにもかも新鮮で勢いで乗り越えていた。
時によっては週6で下北沢にいた。
何をするもなく下北沢をふらふらして、古着屋にはいっては服を買い、古着ワンピースが通常スタイル。
思い返すと完全なサブカル女子だったね。
いつまでも若いと思ってた。
最高に楽しかった。
まさに青春だったのだ。
小田急と下北沢と梅が丘。飲んでて終電のがしても歩いて帰れた。
自分が年をとっていくなんて考えてもなかった。


30になって経験したライブの空気は、あの頃の若さを痛いくらいに思い出させて、
だけど、置いてかれることはなかった。

MCでもよーじろーが言ってた。『大人になってからまた会いたい』これなんだ。
今どっぷりでもこの先聞かなくなったとしてもそれでいい。たまに思い出して、ラッド好きだったって自信をもって言ってくれる俺らでいるから、と。

正直今そんなに聴かない。
聴いてる時間もない。
電車で移動することもほぼない。
歌詞カード読んでる時間もない。

それでも時々歌詞を思い出すよ。
大学時代に悩んでいた彼がよく聞いていたこと。
結婚する時に悩んでた時。
有心論ふたりごと、37458、謎謎。
あの頃の楽曲は、マリッジブルー期によく聴いて泣いてた。
そんな事をライブで思い出した。

ライブ一緒に行った彼氏だった人が旦那になって、
娘だったのに娘がいて、
経験したことが多かったからなのか、歌詞の汲み取りも変化があって。

『正解』
18祭で歌われた曲。テレビで見ながら泣いたもん。
当時わたし29歳。10こも下の子たちの悩みや輝き。
わたしが18のときにこの曲に出会っていたらどんな心境なんだろうって考えた。
“答えがある問ばかりを教わってきたよ”
30の私は、18の子からしたら、この問の答を教える側なんだと。
娘産まれたからなおさら。
大人になっちゃったんだなーって。
若さは過ぎていくんだなーって。

でも虚しくなったんじゃないよ。
恥ずかしくない大人でいたいって思ったの。


これからもきっとRADWIMPSの楽曲を、たまに聴いて、ふいに思い出すんだと思う。

、なんだよな。

関ジャニ∞が初めて海外公演をした2018/9/22、
すばるくんの誕生日。

「ジャニーズへの感謝と、揺るぎない誇りを、今後の人生で、音楽という自分なりの表現を軸に、世界中に伝えていきます。」

そしてすばるくんも世界に!




HPは重くて繋がらないけど、奇跡的に動画が見れたよ!
ギターもって歌ってて、嬉しかった。
嬉しかったのが1番最初にきた感情
そしてちょっとさみしくなった

すばるくんにステキな居場所ができてよかったよ
バンドのメンバーも。

もう比べてはいけないんだけど、比べるものでもないんだけど、そこにいたのはアイドル渋谷すばるじゃなかった。当たり前だ。
ついこの間、とでも思える最後の関ジャムも、もうすぐ1年前になってしまって、
すばるくんを生で見たジャムのライブなんてすでに2年前になってしまう。
最後の時まで紛れもなく正面からぶつかってきてくれてた。
アイドル渋谷すばるはちゃんとそこにいた。

これからもすばるくんはそこにいてくれる。

これもきっと間違いじゃないんだけど。

関ジャニ∞にいたすばるくんと、これからのすばるくんは別物なんだって思い知らされたというか、
6人の関ジャニ∞をもう見てしまったからなのか、
このさみしさ。
寂しいなのか虚しいなのか悲しいなのか嬉しいなのか、それすらもわからないね。

だけど最後に残るのは、〈すばるくんが元気そうで嬉しかった〉なんだよな。

病室から見上げた秋の空


娘が産まれて半年たちました。

病室から見上げた秋の空を思い出した
こことは違う土地のまっさらな青空だった


振り返ればあっという間だけど、確実に短くはなかった時間の流れだナ。

生まれた時のひ弱なオギャーが今や耳がキーンてなるほどの音量で、
見えていなかった目も私を探して笑うし、
ぐらぐらだった首はあっという間に座ってもう寝返りができる。
おっぱいしか飲めなかったのに離乳食も食べられるようになった。


ひとつひとつ出来るようになり進んでいく娘の人生
あと半年もすれば歩けるようになってる。
私なんかよりどこへだっていける足を持ってる。
素晴らしいね。うらやましいよ。



娘が産まれて、仕事を辞めて、
今まで以上にたくさんのことを考えるようになって、頭がついていかない。
知らなかったこと、気付かなかったことが山のようにありすぎて、今までの人生何してきたんだって後悔してる。

その時はそんな知識いらないと思っていた。
だけど時間が進めばその時に向き合わなかった知識がめちゃめちゃ必要で、
あの時にしなかった努力が後悔にかわり、今の自分の首を絞めてる。
自分が自分を殺しにきてる。割りとまじで。

なんでもっと勉強してこなかったんだ、というよりは、
なんでもっと広い視野をもてる努力をしなかったんだ、と
なんでもっと知らないことに興味を持てなかったんだ、という感じだ。

30目前にして後悔の真っ只中だ。
とても生きずらい。


だけどきっと数年先に今これだけ生きずらくても考えて考えて考えて考えてきたことが役にたってほしくて生きてる。
まだ立てない足が一歩二歩と歩いた先に出会うものとちゃんと向き合っていけるようにしてあげなきゃいけない。
もっと複雑化多様化していく世の中で自分を無くさないように
どんなことがあっても生きるのをやめないでいてほしいから


この娘のためならなんでもする。
全部やってあげるんじゃない。
できるように教えてあげたいということ。
できるだけたくさんの選択肢を提示してあげたいということ。
過保護ではなく見守るということ。


そして私をそだててくれた母にまた感謝が募る。
悪阻のときに助けてくれて
出産のときもいてくれた

私が年をとるということは、親も年を重ねるってこと。
それがどんな意味なのか。
無敵だと思っていた“親”も、無敵じゃない。



生きずらい。
でも生きようと思ってる

#なつやすみ

嵐の活動休止。

永遠なんてないと
2018年4月16日にエイターが感じたように
嵐のファンにとって2019年1月27日は忘れられない日になってしまった。

Twitterにあふれる#大野くんの夏やすみというタグはとっても愛あふれるもので、嵐とファンの絆を感じました。
約2年間の猶予を持たせたのは、これから2020/12/31までの間に各所との仕事の折り合いをつけたり、今まで以上に嵐を楽しめる期間としてとっても綺麗なモノだなーと思いました。
活動休止がもたらす余波はえげつないレベルなんだろうな。
“国民的”にはなりたくてもなれるものじゃないけど、
なれたら、なってしまったら、その責任や重圧は計り知れないんだろう。
一般人になんか想像もつかないほど。
それを可視化することはセンスないけど、もしするとしたらそれは経済効果で、すでに2億以上が回っているらしい。それも発表後二時間で。
一晩あけた今はどうなってるんだろう。怖い。

アイドルである前に一人の人間として事務所にもメンバーにもファンにも愛されてる人なんだなって会見をみて思いました。
嵐のことよく知らないから、そんな深堀できないけど。
愛されてることだけは確かでこの20年間の紛れもない事実なんだと。


思うのは、アイドルがとれだけ負荷を伴う仕事なのかということだった。
普通の人が見られない景色を見ている彼らは、普通に憧れるのか。
そりゃそうだ。
普通に街を歩くことも
普通に人を好きになることも
普通にできない。
転職を自分の意思だけではできないんだもん。
20年以上同じ会社に勤めて第一線で仕事してたらそりゃ疲れるよね。。
他の世界見てみたくなるよね。。
それを“こうしたい”と言えた勇気、受け入れた勇気。
それはエイトも嵐も、グループはもちろん大好きだけどそれ以前にその人が大好きだからなんだろうなって。素敵な関係をもてた彼らにとても憧れる。